コンコン 「あ、はーい」 「失礼します」 扉の向うからそんな声が聞こえると、職員室の扉がゆっくりと開いた。 それに振り向き、尋ねてきた電話の向こう側の主を迎え入れる。 「・・・さん」 「いらっしゃい」 片手にパンを持つ少年を手招きし、反対側のソファに座らせる。幾分か緊張しているように 見える少年に、そういえばここで食べるのは初めてだったかと思い出した。 「水色くん、お茶はある?」 「ジュースが買ってきたからいいよ」 「そ?」 なら自分のお茶を入れようかな、と自宅から持ってきたコップを取り、付属の冷蔵庫から ペットボトルのお茶を取り出すと、それに注いだ。 「今日はどうしたの?」 いつもは同じクラスの黒崎くんや浅野くんたちと屋上で食べているのだろうに。暗にそんな疑問を含んで 尋ねると、水色くん-----小島水色は困ったように笑った。 「チャドが今日来てないし・・・一護も何か教室出て行っちゃったしね」 今日は1−3での授業はなかったため、初めて知った事実に「そうなんだ」と頷いた。 そういえば、越智先生が「黒崎がなんたら・・・」って言っていたかもしれない。 水色くんの話に相槌を打ちつつ、お箸で卵焼きを掴む。 「でも、さんとお昼って新鮮だから、これはこれで嬉しい」 と。恥ずかしげもなくそういうものだから。わたしはその言葉と笑顔に急激に恥ずかしくなって、 思わず卵焼きを掴み損ねた。床には落ちず、お弁当の中に落ちたからまだ大丈夫だ。 そんなことより、恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかる。 「や、えっと・・・ありがとう、?」 「ふふ、どういたしまして」 ああもう、恥ずかしい! 目の前で満面の笑みを浮かべる少年は、年上の女性の心を掴むのが本当にうまい。黒崎くん曰く 、【年上キラー】だとか。そのあだ名は本当に的を射ていると思う。少しばかり 大人ぶってみるけれど、そんなことお構いなしに、水色くんはわたしを簡単にぐらつかせる。 皆は水色くんのことを、そのベビーフェイスからして「母性本能が擽られる」とよく言うが、 わたしはそんなことはない。いや、なかった。確かに可愛らしいと思う部分もあるのだけれど、 どうにも男らしさしか感じられないのだ。恥ずかしながら。わたしが24歳で、水色くんが 15歳。9歳も下の少年に心動かされていいのか自分。ってか、わたし犯罪なんじゃ・・・! 「さん?」 「あ、ごめん、何でもないよ」 今でこそ、水色くんと・・・お付き合い、なんてものをさせていただいているが、 ほんの1,2ヶ月前は険悪な関係だった。 【先生みたいな人って、嫌いだな】 なんて、本人を目の前にして言われたものだから、ショック云々の前に怒りが込み上げてきたものだ。 さずがに生徒だったために堪えたけれど。そんな事もあったし、わたしは基本的に年下は ストライクゾーンには入っていないから、まさかこんな関係になるとはあの時は 思いもしなかった。 偏屈 屁理屈 変人万博 「それにしても、水色くんまたパン?」 「あーうん。お弁当とか、家で作らないし」 笑顔のはずなのに、明らかに落ち込んだ様子の水色くんを見て、内心しまったな、と 思ってしまった。彼にも複雑な家庭環境があるのだから、あまり触れるのも悪い。 かといって謝るのは、せっかく笑って誤魔化した水色くんに悪いかなと、別の話題を振ることにした。 「じゃ、じゃあ、わたしが・・・作ってこようか・・・?」 うわー!言ってしまった・・・!ど、どうしよう。水色くんからの返事がない。 もしかして余計なお世話だとかパンが好きとかだったらどうしよう。沈黙が 続く。・・・ものすごく気まずい。 「な、なんてね!あはは」 「・・・・あ、ありがとう。楽しみにしてる」 --------そんな、照れた顔で。 初めて見た水色くんの照れ顔に、こちらまで赤くなる。もう、彼には調子を崩されっぱなしだ。 中学生の恋愛じゃないんだから! |