あの不審者事件から、幾日か経った。あの時は、テレビでも黒崎くんらしき人物が映っているのに 盛大に吹いてしまったのだけれど、今は誰も覚えていないらしい。恐らく死神が 記憶を操作したのだろう、とかっちゃんは言っていた。


とはいっても、わたしの記憶はきちんと存在していた。ただの人間であるはずのわたしの記憶が、 はっきりと、鮮明に。かっちゃんとは何も変わってはいないのに、何故なのだろう。 疑問に思ったわたしたちは、一つの憶測を立てることにした。


【恐らく、黒崎一護の霊圧が関係している】


かっちゃんとわたしの身体の主導権は変わらないから、恐らく’霊圧’は今現在、わたしのものだ。 そして、ただの人間であるにも関らず、わたしの記憶が操作されていないということ。 かっちゃんに聞けば、少しでも霊圧がある人間は--------記憶置換がしにくい、そうだ。 ということは。黒崎くんの尋常じゃないレベルの霊圧に日々接触しているわたしにも、 何か影響があった、と考えるのが妥当だろう。


そうは言っても、わたしの霊圧は本当に微々たるものであるらしいから、朽木さんや黒崎くん、 他の死神連中にもばれないでいられるらしい。それを聞いて、本当に胸を撫で下ろした。



戦う術も持っていないし、そもそも戦う意志がないために、その変化を心配してしまったのだけれど、 杞憂で終わりそうだ。






ざあざあ、ざあざあ。



「・・・すごい雨だね」


窓を叩きつけるような雨音に、思わず作業を止めて窓の外を見遣った。 6月。梅雨の時期だ。これからまた、じめじめとした期間が始まる。


----------雨は、好きだ。

冷たい滴に、どんよりと曇った空。雨の匂いは、どこかわたしを落ち着かせる。


あの日、「こっちに来たら駄目だよ」と。

そう言って、笑ったひと。

「また会える?」なんてわたしの言葉に、 あの人はただ笑っただけだった。

そうして、---------少年の、泣き声。血の匂いに混じって、響くそれに。


------わたしは、知らないふりを、した。





『何考えてんだ?』
「んー・・・・・もうどうにもならないこと?」


笑いながらそう告げると、かっちゃんは『はぁ?』と心底訳が分からないというように 言う。多分、かっちゃんの姿が今見えていたのなら、彼は首を傾げているのだろう。 うん、わたしもよく分からない。



「梅雨が終わったらーもうすぐ夏だね」
『夏か・・・』



なにやら考え込んでいる様子のかっちゃんに、どこに行きたいかと尋ねる。 プールだろうか、夏祭りだろうか。夏の醍醐味ともいえるそれを頭の中で思い浮かべていると、 かっちゃんは逡巡迷った後、一言こう告げた。


『時間はいっぱいあるんだ、どこでもいい』
「・・・そうだね」







散らす 千代紙 契りを忘れ




(じゃあ、スーパー行こっか)
(こんな雨の中?)
(偶にはいいでしょ、こんな日も)
(・・・・ずぶ濡れ決定だな)