それは、多くの学生たちを悩ませる一つの要因であろうもの。その結果によって、 生徒たちは落胆し、驚嘆する。かく言うわたしも、学生時代には苦しまされたものだ。


職員室へ向かう途中、掲示板の前でぎゃいぎゃいと騒いでいる生徒たちを見つけた。 この前の期末テストが返却されたのだろう。学生時代を思い出し、どこか微笑ましい気持ちになりながら 生徒の群れの後ろを通る。その時、



「今回も我々の中に50位以内に入る裏切り者はいなかったようだ!」
「はい、隊長」


・・・・・この声は。

テスト結果について、理不尽な言葉を黒崎くんに吐いている。その声の主を見ると、 予想通り浅野くんと水色くんだった。心なし泣いているように見える浅野くんを 捕まえる。


「浅野くん」
「ヒィ!・・・先生ではないですか!!」


急に声をかけたためか、浅野くんは吃驚した様子で瞬きを繰り返す。そんなに自分の世界に入り込んで いたのか。浅野くんの声に気付いたのか、後ろからついて来ていた水色くんも立ち止まった。


「なんで現社赤点なの、君たち」



わたしが受け持っている教科で赤点ってどういうことだ。ありえんだろ。心の声が 表情に表れていたのだろう、浅野くんの顔が引きつる。


「課題のプリント、出そうか?毎日十枚ずつ」


にやり、と凶悪そうに笑っているのを自覚する。赤点は取っても、課題は嫌だと思ったのか 浅野くんと水色くんは嫌々をするように首を横に振った。それに、溜め息を一つ。


「じゃあ、次は頑張んなさいね」
「了解しましたー」
「はーい」



物凄く不安だ。あっという間にいなくなってしまった浅野くんと水色くんの後姿に 苦笑しつつ、わたしは職員室へ向かった。







竜胆 凛々しく 理想となじる




---------と、そんな会話をしたのが今日の午後のこと。


今は部活動の時間だ。どこを見渡しても青春している生徒しか見当たらない。 1−3の有沢さんも入部している、この空手部は、今年インハイに行くことになった。 都大会優勝、なんて滅多に取れるものではないから、恐らく有沢さんが強いんだろう。 いや、男子も強いけど。


『・・・恐ええな』
(何が?)
『いや・・・』


脳内に響く声が、曖昧に言葉を濁す。確かに有沢さんには鬼気迫るものがあるけれど。


わたしはこの空手部の顧問だ。だけれど別に顧問だからと言って、空手の知識があるわけでもないし、 経験者でもない。だからすべてが新鮮に感じる。


それぞれが休憩に入ったのを見ながら、今度空手の本買ってこよう、と思ったときだった。 ガシャンガシャンッ!と向うのほうで何かが割れる音がした。何だったんだ?と不思議に 感じている部員たちを置いて、音源に向かって走り出す。



(ガラスにしては、割りすぎでしょ・・・)


『---------
「んー?何、かっちゃん」
『上、見ろ』


ずっと黙り込んでいたかっちゃんが、突然そう言い出し、その通りに上を見上げる。 ただの空が広がっている。いつものように蒼い蒼い-------。


「晴れてるけど?何かあるの?」
『・・・空気が重いんだよ』
「え?」

先生ー」



かっちゃんとの会話をぴたりと止め、自分を呼んだ方に目を向ける。本匠さんだ。 彼女は日ごろから際どい言葉をしている。どうやら有沢さん曰く、「あの子は そっちの人間ですから」だそうだ。・・・そっち?



「どうしたの?」
先生、もしかして、さっきのガラス音のとこに行こうとしてるんじゃないかと思いまして」
「あ、うん」



何かあったの、と目の前の彼女に尋ねる。聞けば、先ほどのガラス音は柔道部の 人間が割ってしまったかららしい。近くで騒いでいたらしく、教師から片付けを命じられたらしい。 本匠さんの顔が面倒くさそうに歪む。


「怪我人は?」
「なんか、いないみたいですよ」
「そうなの・・・?」


ガラス割って怪我人がいないとは運がいいのではないだろうか。普通は血だらけになるのに。 まあ、怪我人がいないことはいいことだ。掃除をしなければならないと溜め息を吐いた 本匠さんに苦笑いを向ける。


「わたしも手伝うよ」
「え!?」
「箒持ってくるから、先にやっててくれる?」
「あ、はーい」



いい返事だ。くるりと後ろを振り返り、近くの教室に向かう。・・・職員室にも 言いに行ったほうがいいだろうか。いや、きっと他の職員の方が伝えてくれているだろう。 そう思いながら、校舎の中に入る。何故だろう、生徒が一人も見当たらない。


「もう帰ったのかな・・・」
、止まれ』
「え、何?」


静かに、脳内に響く声。気のせいだろうか、ひどく不機嫌そうに------ぴりぴりとした 空気が伝わってくる。もう一度かっちゃんの名を呼びながら、なおも廊下を歩き続ける。 そうして、扉に手をかけたときだった。



『止まれ!!!!』
「きゃ、」



ドォンッ



かっちゃんの大声に驚くとともに、突然身体に衝撃が走る。あ、と思った瞬間には、 すでにわたしの身体は廊下を10メートルも吹っ飛ばされていた。