後悔する間もなかった、と言うのは、こういうことを言うのだろうか。思わずそんなことを考えた。 本当は、分かっていたのだ。乱菊がいやにニヤニヤしていたから、何かあるのだろうという ことは。いつもは警戒していたし、乱菊が面白そうに提案することに-------わたしは いつだって気を抜いたことはなかった。だというのにどうして。


いや、それもすでに過去のことだ。乱菊に誘われるまま近づくと、どこに隠していたのか 黒崎くんの持っている死神代行証を額に当てられ、あ、と思った瞬間には、わたしは すでに変な場所に座り込んでいた。






「うわーここどこよ・・・」


と、ここに来て最初の言葉を発する。何時間この薄暗い路地に座り込んでいただろうか。 最初の一時間は事態が把握できなくて、ひたすら固まっていた。だがそろそろ尻が痛い し、寒い。



『・・・日本じゃねえな』


突如、脳内で響く低音。どうやらかっちゃんもわたしと同じように固まっていたらしい。 足に力を入れて、ゆっくりと立ち上がる。目の前には人々が行き来している。が、 それが普通ではない光景だ。なんで、明らかに人間じゃない生物が二足歩行してんの。


「夢だよねーこんなの」
なら今すぐ斬魄刀で切腹しろ
「・・・・・・ごめん」



確かに夢から覚めるには、頬抓るのが良いと言うけれど。かっちゃんの言うとおりにしたら、 わたし間違いなく死んじゃうんじゃないかな。


「無事に帰れるかな・・・」


よくよく観察すれば、着物の人が沢山いるし、町並みはまるで古都京都だ。 それだけなら場所移動、いわゆるワープをさせられただけだとも思うが、異星人のような ものが闊歩している様子を見ると。はあ、厄介なところに飛ばされたものだよ。


『浦原さんが何とかしてくれるだろ』
「・・・あの人こそ面白がってそうじゃない?」
『確かに』
「そこは否定してよ!」


ああもう、どうしよう。かっちゃんが否定しないから、浦原さんに頼るという選択肢も わたしを安心させるには至らない。ふ、と大きな溜め息を吐いたときだった。


ポン、


何、独りでぶつぶつ言ってるんでィ?
「ひぎゃああああ!!!!!」


なになになに、誰!!手が、手が、今わたしの肩を・・・!! 突如背後から掛けられた声と、わたしの左肩を掴んだ手の正体を確かめようと、 反射的に振り返ろうとする。だけれど、わたしの肩はまるで、逃亡を阻止するかのように 予想外の力で掴まれていて、首だけで振り返ることしかできなかった。 恐る恐ると首を向けた先には、クリーム色の髪をした少年が立っている。


「あ、あの・・・何ですか?」
「アンタここで何してたんでぃ」
「へあ、!えーと、えと」


ぱっと見は女の子のようだが、口を開けばすでに声変わりを終えた少年だ。 大きな瞳に白い肌。この外見だけを述べれば、わたしは変態なんだろうけど、 その感想を裏切るように、少年の目はいかにも”怪しげな人物”を見る目をしている。 ・・・理不尽だ。わたしが何をしたというのだ。と、いうか。そもそもこの少年は誰だ。


「・・・アンタ怪しいぜぃ・・とりあえず」


ぎらり、と少年の眼が光る。気のせいだろうか、あまり良い予感はしない。 逃げるために足掻こうとすれば、少年の後ろから砂利を踏む音。


「おい、総悟。何してやが・・・・・・誰だそいつ」


闇そのもののような髪色に、銜えタバコの男がわたしと少年を訝しげに見遣る。 うん、今の状況はわたしもよく分かってない。ぶっちゃけて言えば、ね。 そして、男からの情報によると、クリーム色の少年は”総悟”と言う名前らしい。 確定情報ではないけれど、ここにはわたしと(かっちゃんと)”総悟”なる人物と、 瞳孔の開いた男しかいないから。とりあえず総悟(仮名)くんにしとこう。


「ああ、土方さん」
「あ?」


ぐ、と肩を掴まれていた手で総悟くん(仮名)に引き寄せられる。「わ、」急に引っ張られたため、 バランスを崩して倒れこみ、総悟くん(仮名)の肩口にぶつかった。痛い。ってか、 制服に肩パットでも入ってんの?と疑ってしまうぐらい、肩が固い。


痛む鼻筋を押さえようと身体を起こそうとすると、がしゃん、と重い金属音のようなものが わたしの耳に届いた。


「え、え」


-------------て、手錠?
わたしの両手に掛かっている銀色の金具を見て、ふらりと倒れそうになる。


「この女、逮捕でさぁ」
「ハア!?」
「はいいい???!」
『・・・・・はぁ、』



かっちゃん、溜め息吐いてないで、-------助けてよ。






おわらないものはない。けれど、はじまりはいつも側に。