関東信越厚生局、麻薬取締部、麻薬取締官--------通称「マトリ」。 あたし、の肩書きは、そのような長ったらしい名称だった。 マトリと言うのは文字通り、麻薬中毒者や密売組織の摘発などを行っている者のことだ。 学生時代からどうしてもなりたかったマトリに、丁度空きが出ていて、 新卒で去年採用されてから、早一年。マトリでもいろいろと心労の多い第一課に配属された あたしは、日々神経をすり減らしながら頑張っている。


「いいか!」


うおう、声がでかい。今年新たに入ってきた新人捜査官に、熱血課長の喝が送られている。 なんでも、がさ入れのときにカイ君が遅刻してしまったらしい。もう一人のメガネ新人 のハルは上司の前で堂々と煙草を吸ってるし・・。


「うるせえ!!」
「なっ!アンタねえ、あたし一応先輩なんだから敬語使いなさいよ!」
「同い年だろうが!」


あたしは、ハルとは同い年の二十三歳だけれど、ハルよりも早い時期に入ったために 一応先輩という扱いになる。だというのに、このくそ生意気なハルはそれが気に食わないらしく、 噛み付いてくる。ああ、全然可愛くないなあ。 ・・・一個下のカイ君はこんなに可愛いのに。


「あ、あのさん?」
「んー?カイ君は可愛いねえ」


よしよし、とわざわざ屈んでくれたカイ君の頭を撫でる。おっと、あんまり撫でてたら茉莉さん からの報復が怖いや。いい人なんだけど、可愛いもの大好きだからなあ。 茉莉さんというのは、うちの麻薬取締部の管轄の鑑定官の葛井茉莉さんのことだ。身長は 175センチと女性にしてはかなり高くて、二十歳越えてるはずのあたしはよく頭を撫でられる。 うん、150センチしかないんだよねあたし。隣の家の野球少年にも苛められるしさあ!


「とにかく、次の調書。二人で仲良く行ってきてね!」


そう言って、にっこりと壮絶な笑みを見せたのは、うちの麻薬取締部の若部長、 比企真孝さん。若くて格好いいけれど、何かと無理難題を押し付けてくる腹黒上司だ。 そうして、その腹黒部長に無謀にも突っかかる熱血課長こと、梶山慶護さん。 この人も根はいい人なんだけどな。


最初はカイ君と一緒に調査するのを渋っていたハルだったけれど、『部長命令』という名の 絶対命令を出されては、いくら態度の悪いハルでも従わざるを得ないらしい。 不満そうな顔をしながらカイ君と出て行くのを見送って、あたしは再びデスクワークに 取り掛かろうとした。


ちゃん、こっち、おいで」
「(ひぃい!!)」


比企さんのメガネの奥の目が、にんまりと細まる。うわ、これまた何か押し付けられる 雰囲気だよ・・・!助けを求めようと比企さんの後ろで控えている梶山さんに視線を向けると 、梶山さんは溜め息を吐いて首を横に振った。


(すまん、俺には助けられん)
(うわああ!人殺しいい!)


おずおずと比企さんの机まで近づき、「なんでしょうか」と声をかける。


ちゃんはねえ、別件のお仕事についてもらおうと思ってね」
「別件、ですか」
「うん、そう。『mp』って知ってる?今高校生の間で流行ってるんだけど」


そう前置きして、比企さんはあいもかわらずの笑みを浮かべながら、『mp』についての 情報を語ってくれた。



『mp』----------最近市内を中心に起こっているドラッグの売買や恐喝事件などに 関りを持っているとされる、構成員20〜30人のチーム。「キョウ」と呼ばれる年齢、顔 不詳の男がチームのリーダー、そして主要メンバーは高校生。


「西浦高校、ですか?」
「うん、主要メンバー三人は西浦高校に通ってる」
「そこで、お前には西浦に潜入捜査してもらう事になる」


潜入捜査ってこと、は・・・高校生?!


「ぶ、部長あたし西浦卒業生なんですけど」
「うん、知ってるよー。でもちゃんが高校にいた頃の先生ってあんまり残ってないんじゃない?」



確かに、あたしが西浦を卒業してから5年ほど。担任副担任ぐらいしか近しい先生はいなかったし 、ばれないのかもしれない。潜入捜査だから偽名にもするんだろう。そもそも「絶対命令」 だからな。拒否はできないもん。


「じゃあ、あたしやります」
「うん、よろしくねー」



引き受けたのには何の後悔もないが、あれだね。卒業して5年、この年になって高校に 再入学するとは。あれ、でも西浦って制服とかなかったよね?普通の私服でいいのかなあ。 あたしとしてはコスプレは勘弁願いたいんだけど。そう思って比企さんに尋ねると、 手を組んで顎を乗せた比企さんは笑みを深めて、


「そんなわけないでしょ?」


とあたしの微々たる願いを一刀両断してくださった。


「なんでですか!?」
「だってそんなの面白くな・・・うん、ほかの学校からの編入生っていう設定だから 」


え、今ぼそりと「おもしろくない」って言った!!言いましたよ部長!!


「空耳だよ」
「・・・・諦めろ、



梶山さんは大きな溜め息を吐いて、あたしにそう告げた。うう、う。あたしにだってプライドと言うもの が・・・!「大丈夫、ちゃんすっごい童顔だし、違和感全然ないから」え、 それフォローのつもりですか部長。



「じゃあ、明日からよろしくね」
「ラジャーです・・・」



、23歳だけど、高校生やってきます。