「転入生の、です。よろしくお願いします」


漫画とかでよくある転入の挨拶を、なんの捻りもなしに言ってみた。そうすると、 ぱらぱらと雨音のような拍手が起こる。なんかアレだね、もうちょっと「女子だー」みたいな ノリでもいいんじゃないかな。まあ、少なくともこの年で制服着てるあたしよりは 真っ当だろうけど。それにしても、あたしの着てるセーラー服は一応前の学校の制服ってこと になってるけど、比企さん何で持ってたんだろう・・・。そういう趣味だったらやだなあ。


は家庭の事情でこんな時期に転入することになった。皆、いろいろ教えてやれよ」


そう言って、担任は窓際の空いてる席を指差した。窓際か、ラッキー。もう一回高校の勉強するの面倒だな って思ってたから、これで存分に眠れるわ。担任の言葉に頷いて、あたしは宛がわれた席に進む。


比企さんのくれた資料には、「mp」の主要メンバーの主なプロフィールが書いてあった。 彼らは9組。あたしが転入してきたのは7組だったから、このクラスにはいないらしい。 まあ、そこまで近づきすぎるのも早々に疑われてしまうから、ちゃんと転入生の仮面をかぶって普通に していないといけない。あたしのドジで捜査が失敗してしまったら、自分だけの責任ではないのだから。 今考えると、なんかプレッシャーだなあ。


「ねえねえ、何でこんな時期に転校してきたの?」
「え・・・」
「あ、俺水谷文貴!よろしく!!」
「・・・です、よろしく・・?」


あたしが席に着いたと同時に、くるりと後ろを振り向いた茶髪の青年は水谷くんというらしい。 これは、地毛なのだろうか。なんか高校一年生っていう若々しい雰囲気なんだけど、 チャラい感じが、す、る。やだなー女に容赦のないハルを思い出した。


「ねえ、なんで?」
「えー・・・家庭の事情です」
「ふうん?」
「おい水谷!」


「何だよ花井ー」とあたしの隣の男の子に口を尖らせる。坊主で背の高い男子生徒は「花井くん」 というのだそうだ。なんか野球部っぽい気がする。あたしがそんなことを考えていると、 花井くんは水谷くんに注意していた。「家庭の事情だって言ってんだから聞くなよ」「やーでもさ・・」 おおい、青少年。あたしの目の前で会話されたら、内緒話でも普通に聞こえてくるんですけど。


未だに話し合っている水谷君たちを見ながら、小さく溜め息を吐いた。確かに、 こんな時期に転入なんて、目立つことこの上ない、かもしれない。何とかして入学式に間に合えばよかったのだけれど、 いろいろごたごたがあってできなかったのだ。結果、入学式の三日後ということに なってしまった。でも、友達作るの早いなあ。さすが男の子、というべきか。 そう言うと、水谷くんはぐるりとこちらを振り向いた。


「俺ら野球部なんだ」
「へえ・・・ああ、花井くんはそんな気がしてた」
「何でだよ?」
「だって坊主じゃん」


・・・あれ、これ失言だったりする?水谷くんはあたしの失言に笑ってるけど、花井くんは なんか呆れたような顔をしている。というか身長でかすぎでしょ。茉莉さんとかハルよりもでかいって あたし信じらんないんだけど。隣の家の子より背が高いな、花井くん。今どきの高校生ってこんな もんなの?それとも野球部だから?



「水谷ー花井ー。お喋りは結構だけどな、今は先生の話聞けよ」
「・・・うーす」
「はい」



ああ、怒られちゃった。









キーンコーンカーンコーン


授業終わりのチャイムがなり、これからは昼食の時間だ。とりあえずお弁当は作ってきたけれど、 どこで食べようか。周りを見れば、教室で食べるために机を動かしている。 ううん、これ混ざったほうがいいのかなあ。一応西浦は母校だし、屋上の入り方も知っているけれど、 これから何ヶ月かは此処で過ごすんだから友達を作っておいた方がいいのかもしれない。 そんなことを思いながら、教室を出ようとしたとき、後ろからの声があたしを呼び止めた。



、さん・・?あの、よかったら一緒に食べない?」
「あ、いいの?」
「うん、いいよお」
「・・・えと、じゃあ、よろしく」



そう言うと、彼女はにっこりと笑った。すごい可愛い・・・!何だこの子、撫で撫でしたいよ すごく。茉莉さんがここにいたら、絶対餌食になってるだろうなあ、この子。茶髪に ふわりとカールした髪形の女の子について行き、机をくっつける。


「わたし、篠岡千代ね。さんの斜め前の席なんだけど・・・」
「・・・ああ」


そういわれると、篠岡さんの髪型に覚えがあるや。確か水谷くんの隣の席にいたよね。


「あたし、でいいよー」
「あ、うん。じゃあわたしも千代で」
「おっけー千代ね。よろしく」



めっちゃかわいいよこの子・・・!ちょっと内心悶えてしまう。そんなことを思いながら お弁当の包みを解き、机の上に広げる。おおう、お母さんなかなか凝ったお弁当作ったね。 お弁当の中身は、いわゆるあの、キャラ弁?とかいう奴だった。お母さんは、あたしが西浦高校に 仕事で暫く通うことにすっごい喜んでた。なんか弁当とか作るのもすごく張り切ってて、 朝も早く起きてたっけ。しかしこの弁当のできは食べるの勿体ないんですけどママン。


「うわあ、の弁当すごいねえ。自分で作ったの?」
「え?あ、お母さんがね・・・」
「お母さん凝ってるねえ」
「うん。・・・でも千代の弁当も美味しそうだね」
「・・・ありがと」


照れてる・・・!何これ、すごい青春っぽいよ。うあああって叫びたくなるぐらい千代の 笑顔が眩しすぎる。汚れた大人のあたしに50のダメージ!って感じ?


まあ、とにかくご飯を食べながらそんな話をして、あたしと千代の仲は大分縮まった。 入学してから三日目っていうのもあるんだろう。千代も心細かったのかもしれない。教室の中でも、 あまりグループっぽいのは出来上がってないし。それを考えるとほんと男の人ってすごいよね。 群れなくても生きていけるっていうか。



「ふうん、千代って野球部のマネージャーなんだ?」
「うん、昨日からね」
「昨日?」
「・・・監督が怖くて、一回は入部やめようと思ってたの」


どんな監督だ。千代から聞くに、ケツバットしたり、甘夏を手で握りつぶしたりと、 いろいろすごい監督さんらしい。よく頑張れるね、それ。あたし無理だわ。ずず、と お茶を啜りながらそれを告げると、千代は苦笑した。


「いい人だよ、監督。も今日見学してみる?」
「うーん・・・・・」



そう千代に提案されて、あたしは米神に手を当てた。野球か。高校のときは一応やってたんだけど、 怪我の所為でやめたんだよねえ。あの時はすごい荒れてたっけ、あたし。荒れてるっていうか、 荒んでた。一日中悶々と鬱々としてたもんね、あの時。友達にもいろいろ迷惑かけたなあ。 元気かなあ?


まあ、はっきり言って野球には関りたくないけど、今日ぐらいの見学はいいかもしれない。 千代ともせっかく仲良くなったんだし。それに、さっき水谷くんから見に来てって誘われてたし。 そうと決まれば。



「うん、あたし今日行くよ」
「ほんと!?」
「ちょっと見てみようかなって」
「ありがとー!じゃあ今日一緒に行こうね!」


きらきらとした笑みを見せる千代に頷き返して、あたしはもう一度茶を啜った。