「千代。手伝うよ」
「え、ありがとー」
「何したら良いの?」


手伝うとは言ったものの、あたしは一度もマネージャー業をしたことがない。 というか、学生時代のやり方と若干変わっているしなあ。そういうわけで、何をしたらいいのかと 千代に尋ねると、千代は蛇口に付けられたホースを持ち、グラウンドまで引っ張っていた。


「とりあえず、着替えてきなよ。汚れるから」
「あたしジャージ持ってきてないよ・・・」
「私がもう一着持ってるから貸したげるよ。鞄の中に入ってるから」
「ふあーい」


その間にグラウンドに水まいとくからね、と千代は笑ってホースを引きずっていってしまった。 早いなあ、行動が。若さに一種の羨望さえ感じるんだけれども、とりあえず着替えてこよう、うん。 そういえば、部室ってまた戻んなきゃいけないよね・・。軟式の頃もそうだったが、 うちの学校は部室のある場所とグラウンドが大分離れているために、辿り着くまでに結構時間が 掛かるのだ。まあ、これはこれで脚力つくかもしれないが、数年前に野球を離れ た身としてはかなり辛いものがある。二十歳も三年前に過ぎちゃったしねえ。



マトリのメンバーの中ではまあ、若い方だけれど。そもそもうちの関東地区に所属している人間が 結構低年齢層だというか、童顔が多いというか。ほかの地区は中年の方がかなりいらっしゃるのになあ、 なんて思っていれば、いつの間にか部室に到着していた。


「・・・お邪魔しまーす」


いや、誰もいないって分かってるけどね。ドアを開いて、中に入れば途端に野球部っぽい匂いが ・・・べ、別に汗臭いって言ってるんじゃないよ!?汗は健康のためにもしょうがないことだし、 ただ、



「窓ぐらい開けていけよおおおお!!」


換気ぐらいして欲しいと思うのは、あたしだけなのだろうか。












着替えをして千代のところに戻ると、丁度水撒きが終わった頃のようだった。 そのままチャリに乗って数学準備室まで行き、飲み物を準備した後、マリア を手伝ったりして、その日は終了した。


「はい、じゃあ皆お疲れ!」


ふおおお、マリアが監督してる・・・!昔から野球にかける情熱は半端なかったけど、 卒業してからも監督になって野球に携わってるっていうのはすごいよね。そんなマリアの声を聞きながら、 裏の水道でコップを洗い終わり、千代と着替えて来ようという話になった。


「あれ、じゃん。来てたんだー」


へにゃ、という笑顔を見せながら話しかけてきたのは、水谷くんだった。君が来いって 言ったんでしょうが・・・!とは、心の奥底に隠して、あたしも小さく笑う。


「えー誰?」
「そういえばさっきからいたよな?」
「ちっせえ・・・」


う る せ え。あんたらがでか過ぎるんだよおお!最後の一言を放った 少年をぎろりと睨みつけると、ぽん、と何かが頭に乗る感触がした。見上げると、 そこには苦笑する花井君の姿。え、花井くん?さっきまで目の前にいたんじゃ・・・。 何がなんだか分からないが、花井くんはあたしの頭を撫でる。花井くんって、結構 初心な印象があったんだけど、気のせいだったようだ。やっぱり、坊主だからって イメージ決め付けるのはよくないなあ。


「阿部、こいつうちのクラスに転校してきたんだ」
「ああ?・・・そうなのか?」
「だって阿部寝てたもんねー」
「うるせえ水谷」
「ヒド!!」



漫才をしている七組メンバーは置いておいて、あたしは周りにいるほかの野球少年を見渡した。 目が合った、野球部メンバーからすれば比較的小さな少年はにっ、と歯を見せて笑うと、 あたしに向って「俺、田島ゆーいちろー!よろしく!」と大きな声で告げる。


「あ、あたし。今日七組に転校してきたんだ、よろしく」
「おーよろしくな!」
「俺、泉孝介」


それからは、濃いメンバーの自己紹介が繰り広げられた。田島くんと、泉くんと、 細くてオドオドしてる三橋くん、が同じ9組だそうだ。三橋くんって、あたしのチキンとはまた違う感じだよね。 なんか、あたしと目が合っただけでビクつかれたんだけど。これって、あたしの顔が 怖かったからじゃないよね?と視線で泉くんに問えば、「三橋は誰でもこんな感じだから、 気にすんな」って言われた。・・・それはそれでどうなの、と悩んでしまったのはあたしの 秘密だ。


それから、栄口くんに巣山くんが同じクラスで、沖君、西広君、っていう風に紹介してもらった。 それにしても、いい子ばっかりだ。一人を除いてね!


、こいつ阿部なー」
「阿部くんね、よろしく」
「おー」


顔 を 背 け ら れ た !!何だこの子、可愛くない・・・!あたしが満面の笑みで 手を差し出したっていうのに、何でこんなツンツンしてるの?まるでハルみたいだ。 あの子も本当に可愛くない。なんであんなにカイ君を苛めるんだろうか、あの子は天使みたいに 可愛いのに。って、いやいや、また脳内トリップしていたよ。ぐるりと千代のほうに向き直ると、 「千代、着替えにいこ」と声をかける。



「じゃ、皆さんお疲れ様でしたー」
「お疲れー」



マリアにも軽く頭を下げて、千代と一緒にグラウンドを出て行く。


「千代って、家どこら辺なの?」
「ええっと・・・・」


身振り手振りで説明してくれる千代を見ながら、家に帰る前に1課に寄っていこうかなあ、 と考える。どうせ他のメンバーも別の仕事についているのだから、いい加減書類が たまりに溜まっているだろう。少しだけでも自宅で処理しなくては。


「じゃあ千代、一緒に帰ろ?あたしも電車に乗るから」
「ん!あ、そだ。アドレス教えて」
「いーよー。部室戻ったらね」



ドコモ?エーユー?なんて携帯の話をしながら、部室に戻る。ああ、なんか楽しいな。 学生時代の青春の上書き、って思ったら、結構心まで高校生になれるもんだよね、なんて。