あたしにはたった一つの願いがある。その願いをかなえてくれる人のために、 その人の望むことをあたしがやらなければならない。馴れるわけがない。なのにあの人は 好々爺を装って、告げる。「仕事だよ」と。






03.あたしとあの人





 ある日の午後、いつものように店にやってきたザンザスは腕に大きな箱を抱えていた。毎度のことながら、 彼は仕事をしているのだろうか。こんな真昼間に訪れてくるなんて。こんな厳つい顔をして実は ニートとかだったら爆笑するわね、あたし。いやでもニートは自宅警備員ってやつで、仕事を してないんじゃないのよ、自宅を警備してるの!一度でいいから「働いたら負けだと思ってる」 なんて言ってみたいわ。・・・って、何でニートについて熱く語ってるんだろう。


「で、どうしたのザンザス」


 店の奥からコーヒーを持ってこれば、ザンザスは当たり前のようにカップを受け取り、椅子に座りこむ。 相変わらず、些細な仕草が格好いい男だ。無意識でこのエロさはさすがザンザスだなあ、と感心。 ザンザスはゆっくりとコーヒーカップをソーサーに下ろし、口を開く。


「明日の夜空けておけ」
「え?」


 いやいやいや。どういうことよ。それだけ伝えられても意味がわからないし。


「何か用事があるのか」
「・・・・や、ないけど」
「じゃあこれ着て来い」


 そう言って差し出された箱を受け取り、丁寧に蓋を開ける。中に入っていたのは真っ黒なドレスで、 襟と袖にレースがあしらわれていて大変かわいらしい。胸のあたりをきゅ、と結んだ形になっているそれは 胸を強調させるようなフォルムとなっていた。素材はシルクだろうか。妙に肌触りがよく、 光沢を放っている。腰に付けられた大きなレースのリボンが黒という落ち着いた色を可愛らしく しているようだ。別の袋には、ショールとヒール、そしてバッグが入っていた。


「どうしたのこれ」
「それを着てパーティーに参加しろ」
「・・・・パーティー?」
「食いもんがあるぞ」
「一応聞くけど拒否権は?」
「んなもんねぇに決まってんだろ」


 ですよねー。妙に態度のでかいザンザス。前から思っていたけど、ザンザスって俺様だよね。 それにしてもパーティーか。渡されたドレス一式が見るからに高級品で、ザンザスの言うパーティーとやら も恐らく上流階級の人間が参加するのだろう。そんなところに参加して「田舎者」って笑われたらどうしよう かしら、と首をかしげる。


「どうした」


 前髪の間から覗く真っ赤な瞳がこちらを向いた。「んー。何でもない」コーヒーのお代わりを入れてこようと 席を立つと、大きな手がこちらに伸びてくる。あたしの後頭部に手をやり、ぐい、とザンザスに引き寄せられた。


「ざ、・・・・・・・っ」


 近づいた唇にキスでもされるのかと思いきや、べろりと舌で舐められる。唇を這う舌の感触に知らず目を瞑れば、 くつくつと喉の奥で笑われた。


 こうやって、余裕綽々としたザンザスが、きらい。いつもあたしを翻弄して、自分ばかり冷静を貫いて。 あたしばかりが夢中になってるみたいで、きらい。でも、やっぱり好き。嫌いなところも、 全部好き。嘘でもザンザスに嫌いだなんて言えるわけがない。でも、他の女と同じ愛人というポジションに 辛くなる時もある。あたしだけ見てって、この女たらしに言ってやりたくなる。でも縋りつけば 、ザンザスはあたしを見放して別の女のところへ行ってしまうのではないか。一人の女に縛られず、 後腐れもなく面倒でない女のところへ、言ってしまうのではないかと思うから、好きだなんて言えないのだ。


「明日また迎えに来るから準備しておけ」
「・・・・・・・・・ん」


 じゃあな、と息の乱れたあたしの頬に唇を落として、ザンザスは行ってしまった。ああ、後姿まで格好いいと思うなんて、 あたしは重症だ。











 そして当日。自宅の前には一台の黒塗りの車が止まった。うわあベンツだ、なんて興奮する暇もなく 突然開いたドアから伸びてきた手によって、あたしは車の中へ引きずられた。


「きゃ、」


 ぼすん、と何か固いものに当たる。恐る恐る目を開ければ、暗い車内の中でワインレッドが輝いていた。 なんだ、ザンザスか。もう少し優しく乗せてほしかったなあ。


「・・・着てきたみたいだな」
「ザンザスが言ったんじゃない」


 ザンザスが渡してきたドレスはあたしの身体にぴったりで、いつの間に測ったのだろうか、 と着る前はすごく悩んだ。背中は露出ゼロだが、肩が出ていて寒い。ショールを巻いて、 前で握りしめる。それにしても、こんなお洒落な服を着たのは久しぶりだ。知らず背中の出ない服ばかり 着ていたから、ザンザスはこのドレスをよこしたのだろうか。「お前色気のない服着てんじゃ ねぇぞ」という無言の訴えなのかもしれない。


「で、いつまで引っ付いてるつもりだあ?」
「黙って運転しろカス」


 ドン、と無駄に長い脚が運転席を蹴り上げた。いてぇ、と大きな声が上がるが、あたしとしては 人がいたことにびっくりだ。そうよね、ザンザスが後部座席にいるなら普通運転手がいるわよね。


「ええと、ザンザス・・・・どちらさま?」
「・・・・・・気にするな」
「うぉぉぉぉい!ざけんじゃねぇぞボス!」
「・・・・ボス?」


 ぼす、ボス、BOSS。ザンザスってもしかして良いとこのお坊ちゃま?そう思って仰げば、 くしゃくしゃと頭を撫でられる。「あのカスはほっとけ」そう言われましても。ザンザスを ボス、と呼んだ通称「カス」さんはザンザスによって殴られていた。


「おいおい、ザンザスもしかして言ってねぇのかあ?」
「関係ねぇだろ。黙って出せ」
「・・・・へーへー」


 何の会話をしているのかさっぱり分からないが、通称カスさんは苦労人の匂いがする。 大方、俺様なザンザスに振り回されてる部下っていう立場だろう。車はようやく動き出し、 イタリアの街を走る。ザンザスは手を肩に回して、あたしの身体を引き寄せる。 第三者がいるところで恥ずかしいなあ、と思わないでもなかったけれど、嬉しかったから 何も言わなかった。


「これ、やる」
「え、・・・・ネックレス?」


 ザンザスの手が首に回る。銀色に輝く高そうなネックレスと、イヤリングも男の手によってつけられた。 大きくて無骨な手をしていながら、ザンザスの手は優しい。えへへ、と笑えば、眼の前の男の 口元も緩む。


「ぶっ!!!」
「・・・・・・ああ?」


 突然誰かが噴いたと思えば、運転席に座る銀髪の男だった。ザンザスの唸るような声に しまったという顔をしたけれど、時すでに遅し。殴ろうとして振りかぶられた拳に、運転手は 「ちょっと待てぇぇ!」と手を突き出した。


「ザンザス、着いたぞぉおお!」
「ア?」
「あら、ここなの?」


 やっぱりずいぶんと大きな館だが、どうしてこんな辺鄙な場所に立っているのだろう。 不思議に思いながらもドアを開けようとすれば、トン、とドアについたザンザスの手によって遮られる。 大きな身体と窓に閉じ込められると、ザンザスの唇があたしのそれに触れた。


「ん、・・・・」


 最後に額へキスを落とすと、ザンザスは車を降りてあたしに手を伸ばした。さすがイタリア男、 手の早さとレディーファーストは一流だ。ザンザスの手を取って降りる際に、運転席から 「・・・ゲロ甘」とウンザリした様な声が聞こえてきたのは無視しよう。うん。








END
<2010.3.9>






ザンザスが好きだ。スクアーロが好きだ。綱吉が好きだ。奈々さんが好きだ。コロネロが好きだ。 フゥ太が好きだ。花ちゃんが好きだ。クロームが好きだ。バジル君が好きだ。でも一番愛してるのは 骸。

それにしても「あの人」が出てこなかったなあ・・・・。次は綱吉視点。