初めて出会ったザンザスの上司さん。なんて綺麗な人なんだろうって、羨ましく思った。 だけれど、同時に怖くもなった。ああ、この人は何もかもを見透かしそうで怖いって。






05.あたしと彼





 扉の両端に並ぶ、明らかに堅気ではない男がザンザスに向かって礼をした。やはりザンザスは かなりのお偉いさんなのだろうか。ただのボスっていう扱いじゃない。戸惑いながらも ザンザスに手をひかれ、会場の中へ足を踏み入れる。


 眼に飛び込んできたのは人・人・人。それに豪華なシャンデリア、煌びやかな調度品。 明らかに、あたしが今まで生きてきた中で体験したことのない別世界というやつだ。 その中にザンザスは何の躊躇いもなく踏み込んでいった。会場の人間の声が一瞬静まり返り、そして先ほどよりも 大きなざわめきが聞こえる。途中、「何あの女」とか、「不相応」という女性の声が聞こえた。


-------ああここは、歪んでいる。


 四月一日くんは、あたしのことを天然だと思っていたらしいけれど、全くそんなことはない。 あたしだって悪意と好意の区別ぐらいつく。現に鋭いほどの視線には、悪意しか孕まれていないのだ。 顔色の悪くなったあたしに気がついたのか、ザンザスはゆっくりと背中をさすってくれた。


「飲み物を取ってくるから、ここで待ってろ」


 いや、いかないで。一人にしないで、ザンザス。公衆の目に晒されながらも、ザンザスにそう言って 縋りつきたかったけれど、それは大人としての矜持が邪魔をした。大人しく頷けば、 あたしの背中から優しい手のひらが離れていく。悪意の視線が、きもち、わるい。


「初めまして」
「え、・・・・と」
「沢田です。沢田綱吉」
「あ!・・・ザンザスの、上司さんですよね?」


 近づいてきた男の人は、綺麗な顔をした男の人だった。蜂蜜色の髪の毛と大きな瞳。 男にしては高い声が、なぜか眼の前の沢田と名乗った男には似合っていると思った。 それにしても、こんな優しそうな人が、ザンザスを部下にしているのは少し想像がつかない。 だけれど、沢田さんがこちらに来た瞬間に羨望の目を向けた人がたくさんいて、やっぱり この人もタダものじゃないんだろう。それにしても、あの運転手さんしかり、沢田さんしかり。 ザンザスの周りには男前しかいないのだろうか。


 ぎょ、と眼を見開いた沢田さんは、あたしが名前を知っているとは思っていなかったらしい。 ザンザスの話に出てきていたことを告げると、あのザンザスが?と驚いていた。 ザンザスって、上司にどう思われているんだろう。や、見たまんまの俺様として扱われているのかもしれない。 それとなくザンザスの姿を探せば、やはり、というか女性達に捕まっていた。 ひどく迷惑そうに眉根を寄せて、イライラオーラを放っている。女性たちはそれに気が付いていないのか、 あえて気にしていないのか(後者だったらあたしは尊敬する)。彼の身体にべたべた触って、 ・・・やめてよ、と叫びだしそうになる衝動を押し殺して、口を開く。


「ザンザスってモテるんですね」
「んー。あー、・・・だね」


 ザンザスがモテるのは、前から知っていたことだ。何人も愛人がいることも承知している。 あたしもその中の一人でいいよと、ザンザスに言ったはずなのに。最近、欲張りになってきている。 だめだめ。話題を変えるために、名を名乗ることにした。


「あ、私、九軒と言います」
「くのぎ?やっぱり日本人か」


 よろしくね同じ日本人同士、とそう言った沢田さんは、す、と自然に手を差し出した。 それが握手を求めているということは、分かる。けれど。もしもあたしが、沢田さんだとしたら、 あたしはあたしに触れようとしないだろう。知っていたら、こんなに躊躇いもなく手を差し出すわけがない。 あたしの「体質」を知っても離れていかなかったのは、四月一日くんと百目鬼くんだからだ。


 握手を躊躇うあたしに、沢田さんが怪訝な顔を向ける。うん、確かに他の人から見れば ただの握手のはずなんだ。でもだからといって、あたしの「体質」を正直に話したところで 信じてくれるはずもない。そもそもザンザスにすら言っていないのだから。


---------どうか沢田さんに危害が加わりませんように。


 そう願いながら、おずおずと差し出す。沢田さんの手のひらは、とても温かかった。
















 シャンパンを持って帰ってきたザンザスは、ベンツを運転していた銀髪さんを従えていた。 これから挨拶回りがあるらしい。面倒くせぇ、と小さく呟いて、沢田さんのいる方へ 向かっていく。一人かあ。というか、自分はいったい何のために連れてこられたのだろうか。 未だにザンザスから一切の説明がない。天上天下唯我独尊な性格は知っているけれど、 こんなほったらかしだと勝手に帰ってやろうかな、と思うのは無理もないはずだ。


「うおぉぉぉい。・・・・・名前は、何だぁ」
「・・・九軒です」


 ん?こっちだと名前反対になるのかしら。でも、この人日本語ぺらぺらだしなあ。 ザンザスがあたしの護衛にと残してくれた銀髪さんは、スクアーロさんというらしい。 すみませんね、どうぞよろしくお願いしますよ。それにしても、先程から女性陣の視線が痛い。 ザンザスやら沢田さんやら、スクアーロさんと一緒にいるからだろう。もしかしたら、 男前をとっかえひっかえしている悪女だと思われえいるのかもしれない。不本意だけれど。


「ねえ、スクアーロさん?」
「ん?何だぁ?」
「私、お腹が空きました」
「・・・・・・」
「お料理、取ってきてもよろしいですか?」


 うええええ。自分のキャラに吐き気がする。いまさら繕っても無駄のような気がするけれど、 スクアーロさんはたぶん、騙されてくれたんだと、思う。「ちょっと待ってろぉ」と 言って、あたしを残して料理を取りに行った。ありがとうございます、やっぱりこの 独特な空気に馴染めないんですよね。よし、このまま壁際に張り付いておこう、と 移動を開始する。「ねえ。貴女」はい?


「貴女、さっきザンザス様と一緒にいた方よね?」
「・・・・・・・・はい。それが何か」
「貴女も愛人なの?」
「『も』?」


 振り向いた先にいたのは、金髪の西洋美人だった。ビジュアルは美しいのに、言葉から伝わってくる 刺々しいオーラが何とも言えない。童話に出てくる意地悪なお姉さまという感じだ。 女性はあたしの足から頭までを品定めするかのような目で見て、馬鹿にしたように笑った。


「ザンザス様も何で貴女みたいなのを連れてきたのかしら」
「・・・・さあ?」


 ザンザスの考えていることはよく分からない。曖昧な笑みを浮かべると、女性は つい、と眉根を寄せる。「貴女、まさか自分は特別だと思っているんじゃないでしょうね」 そんなわけないでしょうが。なぜそこまで考えが飛躍するのか・・・。


「ザンザス様はあのボンゴレよ?貴女みたいな平凡な女と釣り合うわけがないわ」
「・・・ボンゴレ?」
「あら、知らなかったの・・・?」


 クスクス、クスクス。女性は、嗤う。ボンゴレ、といえば、イタリア最大級のマフィアだ。 あの、由緒ある。ただのマフィアとは格が違う。そうか、ザンザスの銃創は、マフィアだからだ。 それも、今までのいろんな人たちの待遇を見るに、かなり上位の立場だ。


「そんなことも知らなかったなんて、貴女のこと本当にどうでもいいのね」
「・・・どういう意味」
「だってそうじゃない。貴女が大切なら、自分のことはちゃんと教えるはずよ?」


 くすくす、と上品な嗤いが耳につく。そうして女性は、持っていたグラスを傾けた。 ぱしゃん。つめたい。グラスの中身のワインが、あたしの頭から垂れてドレスに染みを作る。


 シィンとした静寂の後、先ほどよりも大きなざわめきが会場内に広がる。「貴女にはその姿がお似合いよ」 と、小さく女が呟いたのが聞こえた。・・・・帰りたい。全く、女っていうのは怖い。


「うぉぉおぉい!何やってんだぁ!?」
「スクアーロさん」


 走り寄ってきたスクアーロさん。あたしにワインを掛けた女は、静かにその場から いなくなっていた。ものすごくむかつく。掛けられたこと云々よりも、せっかくザンザスが くれたドレスが汚れてしまったことについてだ。クリーニングで落ちるかしら。


「おい、何やってる」
「ボス」
「ザンザス・・・」


 この騒ぎにザンザスもわざわざ来てくれた。何だか申し訳ない。


「ザンザス、化粧室に行ってくるから」
「・・・ああ。一緒に行く」
「いいよ。化粧室ぐらい一人で行ける。ごめんね」


 ザンザスの提案に首を振って、あたしは会場を出た。ひんやりとした空気があたしの思考を冷静にさせる。 ・・・・・はあ、もう本当に帰ってやろうかしら。







END
<2010.3.16>






10話で終わるかなあ・・・。あと、濁点がないスクアーロ。