ねえ、ザンザス。貴方には、あたしの「体質」が効かないのかな。あたしは、貴方と一緒にいて、 いいのかな。このまま好きでいていいのかな。あたし、 ------------しあわせに、なりたい。 06.あたしと貴方・2 会場を出て、化粧室に向かう。ドレスも髪もぐしょぐしょだ。匂いもきついし、べたべたするし、 やっぱりザンザスに「帰る」って言おう。バッグから取り出したハンカチでとりあえず拭っておいて、 化粧室から出た。会場へ向かう途中、男が一人、廊下の向こう側から歩いてくる。 「こんばんは。大丈夫ですか?」 「--------------ええ」 見覚えのある顔。もちろんあたし自身は会ったことがない。ならば、どこで見たのか。 pipipipipipi.... 「もしもし」 『・・・かい?』 ザンザスがドレスを持って店を訪れたその日の夜。携帯にかかってきた一本の電話の相手は、 優しい声で、あたしの名を呼ぶ。 「九代目」 ふふふ、と笑いを零すこの「九代目」。彼は、もう亡くなってしまった本屋の前オーナーと 仲が良く、九代目が本屋へ訪れていたときに偶然出会ったのだ。いつも笑みを浮かべる様は まさしく好々爺。話す内容も、態度もどこか上品で、大方どこかの金持ちだろうと思ったのだが、 人は見かけによらないとは本当らしい。前オーナーが死んで、彼は「マフィア」であると あたしに告げた。 「何か、あったんですか」 また、何か厄介事だろうか。この老人があたしの携帯にわざわざ連絡してくるということは、 何らかの用事があるということだ。それも、結構ほの暗い仕事であることが多い。いや、真っ黒な 仕事しか与えられない、というのが本当だろう。九代目は、あたしの体質を知った上で、 「人を殺すこと」を強いてくるのだ。 あたしの存在は、人を不幸にする、らしい。幼いころからあたしの傍にいた人間は怪我をしたり、 死んだりすることが多かった。なぜか?呪われでもしているのだろうか?もしも呪われているだけなら、 自分のしたことが原因でそうなったのだから、納得はできる気がする。けれどあたしの場合、 呪われているとかそんな生易しいものではなかった。 あたしの存在は、他人を、自分を不幸にする。「そういう存在」なのだ。日本から出た理由も、 会社の上司や同僚が亡くなったからだった。あたしはもう、普通の人と同じように、普通の人生を 歩んでいくことは一生ないのだろう。周りの人に、普通に接することすらできやしないのだから。 そうして会社を退職したあたしが選んだのは、イタリアだった。なんとなく、で選んだ場所なのだけれど、 現地の人間はとても優しかった。中でも一番優しかったのは、あたしを拾ってくれた前オーナー。 簡単にあたしを招き入れ、家に住まわせてくれた。前オーナーとの生活は楽しかったし、 日本での出来事なんか忘れてしまえるぐらいに、優しい世界だった。 たぶん、この優しい人と陽気な場所に、あたしは忘れてしまっていたのだ。あたしの存在を。 どんな体質なのかも、都合良く忘れていて。やっとあたしも人並みに、幸せになれるのだと 勘違いをしていた矢先の出来事だった。-------前オーナーが、マフィア同士の銃撃戦に巻き込まれて死んだのだ。 馬鹿だあたし。ここが日本じゃなくたって、簡単に場所が変わったぐらいであたしの 体質が変わるわけはないのに。どうして忘れていたんだろう。どうして、忘れたふりをしていたんだろう。 前オーナーが死んで、九代目と久しぶりに会った。「ごめんなさい」そう告げただけなのだけれど、 九代目はなぜかあたしの体質に気がついた。忌々しい、この存在に。気が付いたのは、 侑子さん、四月一日くんを入れて三人目だ。あたしの体質に気がついた九代目は、所属している組織の 力でこの体質が改善されるアイテムを作ってくれるらしい。だけれどその代わりに、 あたしの体質で「人を殺すこと」。これが交換条件だった。優しい人なのだけれど、 マフィアという組織の人間らしく、九代目も冷酷な性質を持ち合わせているようだった。 使えるものは使う、組織を一番に考える。今まで無意識で人を殺してしまうことはあったけれど、 あたしの意思で、人へ「死」を与えるのは初めてだった。 いやだ、なんて誰が言える?あたしは九代目の親しい人を殺してしまったのだ。いくら間接的とは言っても、 あたしの「存在」が前オーナーに与えたものは計り知れない。だから言うことを聴く。 それに、(この体質を改善させるものが作れるのなら)。結局、あたしは前オーナーを殺してしまったこと を後悔しているようなふりをして、自分のことしか考えていないのだ。人を殺すことも、 何も考えず。 『?』 「あ、はい」 『明日、パーティーに行くらしいね』 「あー・・・・情報早いですね」 今日の午後、ザンザスが持ってきたお誘いをどうしてこの人は知っているのだろうか。相変わらず 情報網が広いなあ、と感心する。ベッドの上にひろげていたドレスを弄くりながら、 九代目の次の言葉を待った。 『うん、実はパーティーのことでね』 「お仕事、ですか?」 『そう。明日のパーティーに参加する人間の中で一人、ね』 意味深な言葉に、九代目の言いたいことを一瞬で把握して、目を伏せる。 「名前は?」 『ジョーイ・トンプソン。殺し屋だよ』 その言葉とともに、フォン、とパソコンが鳴った。メールが届いたのだろう。携帯を片手に確認すると、 メールの中にはジョーイ・トンプソンと思しき人物の写真が添付されていた。 なかなかに男前だが、浮かべる笑みには何か邪な感情を孕んでいるようにも思える。 九代目には了解、と返事をして携帯を切る。明日。・・・・いや、もう今日か。 できれば、ザンザスがいるところでは接触したくないなと思いながら、目を瞑った。 「で、何か用ですか?」 笑みを浮かべたままの男、ジョーイ・トンプソンに質問を投げかける。男はワザとらしく 目を伏せて悲しそうな顔をしながら、「迷惑ですか?」と呟いた。 「あんなことがあったから、貴方が心配で」 あんなこと、とはおそらく会場で酒をぶっかけられたことだろう。ずっと見ていたのだろうか。 あたし自身に特筆すべきところなんてないから、多分ザンザスと一緒にいたところを見られて 目を付けられたのだろうと推測する。ザンザスに簡単に接触できないなら、あたしのように いかにも弱そうな、女に近づく方が確かに利口だ。まあ、あたしとしても何とかして 誰もいないところでこの男と接触したかったから、この機会を逃すまいととりあえず頬を染めてみた。 「・・・そんな、御冗談を」 いかにもな照れ顔で、曖昧な笑いを浮かべる。馬鹿な女が掛った、とでも思ったのか、 男は大胆にもあたしの身体を引き寄せて、抱きしめた。 「ああ、そんな可愛らしい顔で笑わないでください。ザンザスさんがいらっしゃるというのに、 私は、貴方を手に入れたいと思ってしまう」 なんて茶番。男の棒読みに、笑い出しそうになる。そんな失態を犯す前に、さっさと 仕事を終えてしまおう。ゆっくりと、自然な動作で男の左胸に手を当てる。ちょうど、 心臓がある場所ぐらい。どくどく、と静かに音を立てる心臓。生きている、この身体を。 「」 背後から、低い、あたしの好きな声が聞こえた。焦ったように手を離す男から身体を起こして、 ザンザスに駆けよる。そのまま珍しく自分からザンザスに抱きついて、顔をうずめた。 「ザンザス、」 あたしの体質を知らない、あたしの体質に巻き込まれない、あたしの好きな、ひと。 「・・・ザンザス」 「?」 ねえ、あたしの体質を知っても、離れていかないかな。 END
<2010.4.5> んー・・・・ |