なんて普通な、人間なのだろう。初めて見た時はそう思った。今までのザンザスの愛人には 珍しいタイプの女。決してけばけばしくなくて、マフィアがらみでもなくて、 本当に普通の一般人。なのにどうして、彼女を見たとき、体中の毛が逆立ったのか。 07.俺とアイツ 最近、ボスの様子がおかしい。そう呟いたのは、その日は非番だった俺のもとに訪ねてきた、同じく非番だった はずのレヴィ・ア・タン。話題の人物である我らがボス、ザンザスはベルフェゴールとともに 任務に向かっている。今日の休みは、鬼のように働かせる綱吉から強引にもぎ取った ものだ。誰にも邪魔はされたくないのだが。人の部屋に勝手に入ってきて、持参の酒を開けるようじゃ 大人しく眠らせてもくれないのだろう。くそう、と毒づく。 「で、なんだよ」 ザンザスのどこがおかしいって?言ってみろ、と面倒くさそうに頭を掻く。早く休みたいときは 、こうやってさっさと用事を済ませるに限る。レヴィは俺の態度にムッとした表情を見せながらも、 文句は言わずに口を開いた。こういうとき、ベルフェゴールとかじゃなくてよかったと思う。 もしもベルなら、俺がこういう態度を取ると絶対にナイフを投げてくるに違いない。 「スクアーロは何も思わないのか?!」 憤慨したレヴィによると、 ・ザンザスがときどき思い出し笑いをする ・優しく微笑んでいるときがある ・休みのたびにどこかへ出かける ・そして帰ってくると、女の匂いが染み付いている ・そして機嫌もいい 「あー・・・そりゃ女じゃねえか?」 つーか優しく微笑んでるザンザスとか想像もつかない。むしろ気持ちが悪い。 頭を抱えるレヴィも、気持ちが悪いとまでは思わなかったろうが(ボス大好き人間だからな) 、今までのザンザスと比べると違和感が半端ではなかったのだろう。それにしても、女ねえ・・・。 ザンザスはヴァリアーのボスで、ビジュアルもいい方だ。権力・力・財力・容姿がいい男だから、 女たちがザンザスに惚れるのはある意味仕方のないこと。ザンザスから女の影が離れなかったことなんて 一度もないし、とっかえひっかえしているのも有名な話だ。振った女は数知れず。 そんなザンザスが、女に、ねえ。 少し、見てみたいかもしれない。 ■ そういうわけで、綱吉が今度のパーティーに彼女を連れてくること、といったのは俺にとっても都合がよかった。 レヴィあたりは発狂しそうだが、というか、その「彼女」とやらに敵意を剥き出しにしそうだ。 面倒だな、と思いつつもパーティーは当日を迎える。 ザンザスは車の運転を俺に任せ、(レヴィに睨まれた)(俺の所為じゃねえだろ)女を迎えに行くらしい。 それを聞いて、驚いた。ザンザスが女を迎えに行く?わざわざ?あの出不精なザンザスが? 来るもの拒まず、去る者追わず(※ただし、女に限る)のあのザンザスが、たった一人の愛人を 迎えに行くなんて、今までは天地が引っくり返ってもありえなかったというのに。 本気なんかねえ、ボスも。 そうして初めて見たザンザスの愛人とやら。別に特別美人ってわけでもないが、まあ 可愛いの分野に入るんだろう。真正面から見たわけじゃねえからはっきりとは分からないが、 庇護欲をそそられる様な顔つきをしている。肌は白くて、背も小さい。今までザンザスの隣にいた愛人たちと比べると、 幾分か色気が足りないんじゃないだろうかなんて、失礼なことを考えたりして。 「いつまでくっついてるつもりだぁ?」 それもザンザスの方からべったりと。マジでこいつ、ザンザスかよ。人に触れるのが嫌なくせに。 触られるのも嫌なくせに。内心驚きつつ、俺の存在に気が付いてない後部座席の二人に声をかける。 女はその言葉で初めて第三者がいたことに気が付いたようで、ミラー越しに視線が交錯し合う。 黒い。形容するなら、深い闇のような、目の色。日本人なら決して珍しくない色だ。 今まで生きてきた中で見たことは何度もある。あるはずなのに。この女の目を見た瞬間、 背筋が凍った。体中の毛という毛が逆立ち、肌が粟立つ。 -------これは、恐怖、だ。 なぜかはわからない。こんな、殺気一つ出せないような女に、天下のヴァリアーが恐怖しただと? ザンザスの超直感がこの女に何も感じていないというのに、俺の体中の細胞が、危険を知らせてくる。 わずか一瞬の思考を止めたのは、ザンザスの暴力的ともいえる行動だった。ドスン、と 後ろからシートを蹴られて、現実へ戻ってくる。何で恐怖なんて感じたのだろうか。そんな ことを考えながら、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。 運転しながら、後ろの会話を聞いてると砂糖を吐きそうになる。甘えええええええ! レヴィじゃなくとも俺が発狂しそうだ。そして会話を耳にしているうちに驚いたのは、 ザンザスがマフィアのことを言っていないということだった。女はザンザスの仕事にまったくノータッチ、 つまり愛人とやらは本当に一般人らしい。綱吉は、その愛人をマフィアや裏社会のパーティーに 呼んだが、それを見た他の女から愛人へ危害が加えられたらどうするつもりなのだろうか。この様子だと、ザンザスが 他の奴に手を出させないような気もするが・・・。 パーティー会場に到着し、ザンザスから愛人の護衛を頼まれた。愛人の名前は、「九軒」。 こんな見知らぬ人間だらけのパーティーで不安だろうが、今だけは俺が護衛を務めることを 告げると、九軒は眉を下げて笑った。すみません、とでも言うように。それから、お腹が空いたという 九軒のために、食べ物を取りに向かう。護衛だから離れるのは避けたい。が、先程から意味深な視線をよこしてくる 女達と接触したいのだろう。わざわざ一人になるとは、見た目によらず肝っ玉の据わった女だ。 「ちょっと待ってろぉ」 こくん、と頷いた九軒を背に、食べ物を取りに向かう。この時は、まさか嫉妬に駆られて 女が九軒にワインをぶっかけるとは思わなかった。嘘だろ、と思わず呟いた言葉。真っ先に思い浮かんだのは、 ザンザスに殺されるということだ。何やってんだ、と声を上げながら九軒に走り寄る。 ザンザスが贈ったというドレスはびしょびしょで、ワインのきつい香りが九軒の身体から 立ち上る。まさか、こんな大衆の目がある前で行動に移すとは思わなかった。せいぜい 罵声か嫌味を言うぐらいだと思っていたのだが、全く、女というのは怖い。 騒ぎに気が付いたザンザスが、九軒のもとへとやってきた。化粧室に行くという九軒を 男二人で見送った後、鋭い視線を送られる。・・・悪い。確かに、俺が悪かった。護衛のはずなのに、 九軒の存在を軽く見ていた。これは瓶で殴られても文句は言えないレベルだぜ。 ザンザスはこちらを見ている人間に対して鋭い目をくれてやり、ふん、と鼻で嗤った。 九軒の後を追って、会場を出るザンザスに、自分も付いていく。 化粧室付近で見かけたのは、知らない男に抱き締められる九軒だった。一瞬にして、 眼の前のザンザスから発せられる怒気に身構える。 「」 「ザンザス、」 ザンザスの存在に気がついた男は逃げるようにその場から去り、九軒はザンザスに抱きつく。 何が恐ろしいのか、泣きそうな声で言葉を発する九軒に、ザンザスは眉根を寄せた。ここからは、 二人にしておいてやろう、と空気を読んだ俺は会場へ戻るために踵を返す。 「・・・ザンザス」 ---------なぜ、おれがこの女に恐怖を感じたのか。今なら、分かる。きっと、俺の動物的な本能が、 九軒の存在を危険だと感じ取っていたのだろう。 一週間後、九軒を抱きしめていた男は、痴情の縺れか、女に刺されて死んだという。 心臓を突き刺したのは、九軒にワインをぶちまけた、あの女だった。 END
<2010.4.6> 何かいろいろと間違っている知識。 |