ばかだろ、お前。






08.俺とお前





「死んだってよ」


 珍しく真剣な口調で放たれた、自分たちには日常的なその言葉に、ゆっくりと顔を上げる。 眼の前には三日ほど前から任務に行っていたはずのスクアーロの姿。ノックもなしに 部屋に入ってきたスクアーロの頭は、俺の投げつけたワインと血で真っ赤に染まっている。


「ア?」


--------誰が死んだって?

 そんな意味を込めて、睨みつける。スクアーロはずっと握りしめていた書類をデスクの上に ばしん、と叩きつけるようにして置いた。


「こいつだ、ジョーイ・トンプソン」
「トンプソン?」


 ジョーイ・トンプソンといえば、ヨーロッパでは少々名の売れている殺し屋だ。もっとも、 そこまで強いというわけでもない。殺し方に異常な残虐性がある、というだけの話だ。 そんな人間が死んで俺に何の関係が、と思いつつ、書類に張り付けられていた写真を見ると、 そこにはつい最近見たばかりの顔が載っていた。


「こいつ・・・」
「そうだ、あの時九軒と接触してた野郎だ!」
「・・・・九軒さん?」


 先程まで黙りこんで、こちらの話を聞いていた綱吉が、の名前に反応して首をかしげる。 そういや、綱吉は会場を出てからの話をしていなかったな。そんなことを思いながら、 スクアーロの話を聞く。なんでも、ジョーイ・トンプソンが死んだのは、女に刺されたから、 らしい。殺し屋が女がらみで殺されてちゃ世話ねえな。


「・・・その刺した女っていうのが問題なんだよ」


 そう言って取りだしたもう一枚の資料には、女の写真が貼ってある。あ、と綱吉が声を上げた。


「その人、九軒さんに・・・」


 綱吉も思い当たることがあったらしい。そう、ジョーイ・トンプソンを刺したというのは、 あの会場でに突っかかっていた女だったのだ。二人ともと関わっていた、というのは 少し違和感があるが、だからなんだと言うんだ?殺したのはこの女で、は銃すら握れない一般人で。


 あの日初めてと出会ったスクアーロは、パーティーが終わってを送った後、 帰りの車の中でこう告げた。「ボスには悪いが、あの女、変だぜ」と。その後もちろん 後ろから頭を蹴り飛ばしてやったが、カス鮫はなぜかを恐れてやがる。そう、「恐れて」。 俺にはさっぱり分からない。あんな小さな体で、人を殺す術さえ持っていない、女を。 どう恐れろっていうんだ。


 そうやってスクアーロの頭を蹴り飛ばしてやった後、スクアーロは車のフロントガラスに 突っ込んだ。車の運転中だったのが悪かったらしい。スクアーロが突っ込んだ衝撃で、 ベンツは通りの店に衝突。俺は後部座席にいたため無事だったが、スクアーロは 全治三週間の骨折だった。まあ、怪我してても任務には行かせるがな。


「でもさ、俺も、九軒さん変だなって思ったんだ」
「ハァ?」
「・・・握手しようと思ったんだけどさ、九軒さん、渋ってたんだよ。んで、なんか 人に触れたくない事情でもあるのかなあって思ってたんだけど・・・・その、渋々って感じで、 九軒さんが手を出してくれてさ。んで、握手したら・・・」
「握手したら?」
「悪寒が、ね」
「悪寒?」


 悪寒、ね。他の人間がそう言うなら笑い飛ばすだろうが、それを感じたのはほかならぬ 「沢田綱吉」だ。こいつの勘は馬鹿に出来ないものがある。だが。


「気のせいだろ・・・」



 あの女は、ただの愛人。マフィアであろうとなかろうと、ただの愛人なのだ。












「お前、」


 何でボンゴレの屋敷に?屋敷の広い廊下で、俺たちは向かい合いながら、 本来ならいるはずのない人間、へそう投げかける。俺がボンゴレだということはこの間のパーティー で知っているだろうが、こんな場所に出入りできる知り合いなんていないはずだ。 それも、どうして狸爺の部屋から、出てきたんだ。自身も、俺がこの場所にいたことに 驚いたのか、眼を大きく見開いてこちらを見つめる。何で、どうしてここに。そんな心の声が こっちまで聞こえてくるようだ。


「あ、あた、し」


 どうみても、は戸惑っている。狸爺と知り合いだったのか?それを聞くために口を開くと同時に、 の視線が後ろで控えているスクアーロに移った。ざ、と一瞬にして顔が青くなる。


「怪我、どうしたの・・・?」
「ア?・・・ああ、この間事故っただけだ」


 こんな怪我日常茶飯事だ。特に気にすることはない。ましてやが、そんなに顔を青くすることではないだろう。 スクアーロ自身も気にしていないというのに。そんなことより、とに手を伸ばすと、 その手から逃げるように距離を取り、小さく首を横に振った。


「ザンザス、あたし、あたし、」
「・・・何だよ?」
「もう、愛人やめる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


 何言ってんだよ。馬鹿か、お前。そんな考えが顔に表れていたのか、は泣きそうな顔をして、 「本当よ」と告げた。


「理由は」


 下らねえことだったら殴るぞテメェ。脅すように拳を作って、に見せる。は それに驚いたような、怖がっているような顔を見せながら、口を開いた。


「好きな人、できたから」
「誰だ」
「え、」
「誰だっつってんだろ!!!」


 ドガン、との傍の壁を蹴って見せる。ふざけんなよ。好きな人ができただァ? お前が俺以外を見るとか、許すはずねえだろが!そいつ連れて来い、ここに。 殺してやる。んで、二度と愛人やめるなんて言葉吐けないように、好きな奴なんざ作れない ように。監禁して、犯して、調教して、嬲り殺してやろうか。


「・・・・・・・嫌なの!・・・・いやなの、もう」


 何がだよ、ともう一度切れる前に、は走って逃げてしまった。手を伸ばせば、 一般人のぐらい簡単に捕らえられたのに。何故だかそうしなかったのは、今にも 泣きそうな顔をしていたからだ。何で別れを切り出すお前が泣きそうな顔してんだよ。 そんなに嫌なら、ちったあ冷酷な顔してみろ。「好きな人できたから」なんて、 そんな顔をされても嘘にしか聞こえねえんだよ、馬鹿。




「・・・・おい、クソじじい!!」


 本当に、何が何だかわからない。あいつの思考は、他の人間と比べて変わっている。 俺自身が考えるより、先程までと話していたはずの男に問い詰めた方が早いと思い、 扉を乱暴に開ける。部屋の中には、外の会話など耳にも入れていないような顔をしながら、 優雅に紅茶を飲んでいるじじいの姿があった。


「・・・ザンザス、扉が壊れてしまうよ」
「うるせえ。んなことより、何でアイツ、ここにいた」
のことかい?」
「何でアイツ、愛人やめるとか・・・」
「・・・ふふ、ザンザスが私に相談してくれるなんて初めてじゃあないか」


 ・・・・役に立たねえ。んなこたどうだっていいんだよ。つーか分かってんだろ、 くそじじい。ぎ、と苛立ちを隠さずに睨みあげると、じじいは苦笑しながら スクアーロに視線を向けた。


「その怪我、どうしたんだい?」
「・・・・別に、車で事故っただけだぜ」


 何故かじじいは、俺の質問へ答えずに、スクアーロへ怪我の原因を問うた。そういえば、 も同じようなことを聞いていたなと思い出す。鮫の怪我が何だっていうんだ。 どいつもこいつも。イライラしながら、じじいに「それがどうした」と聞けば、 真剣な顔を向けてくる。


「その車、が乗った車じゃなかったかね」
「----------------!!!!!」
「何で知ってんだぁ、九代目!」


 俺が目を見開くと、じじいは先程までの真剣な顔を止め、いつもの好々爺のように 笑った。



「それが理由だよ。考えて御覧」



END
<2010.4.7>






ざんざすがおれさま。