貴方だけは、傷つけたくないって思ったの。






09.あたしとザンザス





「死んだよ」


 久しぶりに直接会うだとか仕事に対する労いだとかを一切通り越して、九代目はただ一言、 そう告げた。オレガノさんに淹れてもらった紅茶を嚥下しつつ、「そうですか」と簡素な答えを返す。


「死因は?」


 そう聞いたのは、いくら人を不幸にする体質だとしても、その原因までは特定できないからだ。 確かに、ジョーイ・トンプソンに抱きしめられた時。あたしは心臓があるあたりに触れた。 心臓に何かしらの衝撃が与えられることで、死ぬように。あたしの触れた場所が、 不幸になっていく(=怪我をする)ということ。それは、四月一日くんの小指や、背中 の怪我からも推測できる。


「刺殺だ。刺したのは女性だったから、痴情の縺れだろうって警察は言ってるみたいだよ」
「痴情、」
「そう、君にワインを掛けた女性」


 ワイン。それを聞いて、あの西洋美人を思い出した。あの人はあたしに関わったし、 ドレスを汚されてむかつく、と心の底で思ってしまった。殺意、とまではいかないけれど、 あたしの負の感情は確かにあの女性を不幸にしてしまったのだ。九代目の言葉を反芻し、 どこか違和感のある言葉に顔を上げる。


「痴情の縺れ”だろう”?」


 まるでそれは、女性が刺した理由が特定できていないような。


「・・・女性も自分を刺し、自殺した」
「・・・・・・・・そう」


 やっぱり。そんな気は、していたけれど。九代目の所属するマフィアに、この体質を改善させる アイテムを作ってもらうという約束で仕事を受けているけれど、そのアイテムはなかなか 完成する目処は立っていない。というか、あまりそのアイテムについて信用はしていない。 今まで誰にも治せなかった体質だ。あの魔女といわれる侑子さんでも。


 こくり。紅茶を最後まで飲み干すと、ゆっくりとソファから立ち上がった。 今回の邂逅を言いだしたのは九代目なのだけれど、多分大した用などなかったのだろう。 マフィアというのは暇なのだろうか。よくわからない。


「じゃあ、帰ります」


 失礼しました、と頭を下げる。九代目は、何も云わずににこにこと笑っていた。 部屋を出ると、いるはずのないザンザスの姿。


「お前、どうしてここに」


 どうして、と問いたいのはこちらだ。イタリア最強といわれるボンゴレの人間が、 どうしてこんな辺鄙なところに立っている屋敷に?九代目はマフィアだけれど、 ザンザスと知り合いだなんて一言も、 。


「あ、あた、し」


 ザンザスは、ひどく驚いたような顔で、あたしを見つめる。違う、違うの。あたしは、 マフィアと関わっているということをザンザスに知られたくなかった。貴方といるときは、 ただの愛人である「」でいられた。「九軒」の体質に作用されない貴方の存在は、 あたしの救いだった。マフィアの屋敷にいる「九軒」の存在なんて、貴方に知られたくなかったのよ。


 突然のザンザスの存在に驚きながら、ふと、後ろで控えていたスクアーロさんに目が行った。 頭には包帯が巻きつけられ、右腕は首から包帯でつりさげられている。 怪我を、している。確かめるまでもなく、スクアーロさんは重症、といった風体で、 しかもその理由が事故をしたかららしい。


--------ねえそれ、あたしが乗った車じゃなかった?


 ついに、ザンザスの周りの人間にまでこの忌まわしい体質が及ぶようになってしまった。 何故だかザンザスには今までこの体質の所為で怪我をしたところを見たことがない。 だからあたしはザンザスといるのがすごく気が楽だったし、そういう人が両親以外にもいるんだってこと を知って、あたしは救われた。そんなザンザスだから、傷ついてほしくなんてなかった。 なのに、ザンザスの周りの人間が怪我したら、意味ないでしょう?



 あたし、ザンザスだけには傷ついてほしくなかったの。でも、一緒にはいたかった。 だって好きなのよ。例えあたしの存在が貴方にとって愛人だとしても、あたしは貴方といたかった。 でも、もういや。あたしの、この体質が、存在が、嫌だよ、ザンザス。












 ただひたすら、走って、逃げた。めったに見せない怖い顔で、あたしに迫るザンザスを 振り切って、あたしはただ逃げた。はやく、はやく、はやく。この心臓が止まるぐらい、 はやく。あわてて家の中に飛び込んで、乱暴に扉を閉める。久しぶりに全力疾走したせいで、 扉を背にずるずると座り込むあたしに、小さな鳥が近寄ってくる。


「蒲公英」


 あたしの、あたしだけの、蒲公英。ちちち、と可愛らしく囀る蒲公英を手の中に納めて、 優しく唇を落とす。四月一日くんがくれた、あたしだけのもの。「たんぽぽ、」 ねえ、あたしだけの存在って、探すのは難しいね。



ガンガンガン!!!!!


「きゃ!!!!」


 突如響いた大きな音に、頭を抱え込んで蹲った。誰かが戸を叩いているのか、 背にした扉からはぎしぎしと音が聞こえる。うそ、この扉金属なのに。このまま叩き続けられれば壊れるだろうけれど、 出るのは怖い。誰がこんなことを?泣きそうになりながら、もっと強く耳をふさぐ。 ガンガンガン、耳の中で、金属音が響く。


「開けろ!」
「・・・・・・・・え、」
!」


「ザン、ザス?」


 会いたくない。こんな気持ちのまま、貴方に会いたくないよ。


「聞け、んで開けろ!」
「い、いや!」
「我儘言ってんじゃねえ!犯すぞ!」
「いや!!!」


 ぶつん、と何かが切れた音がした。それとともに、急に扉の向こう側が静かになる。 ひどく不気味だ。「ざ、ザンザス?」もう呆れかえって帰ってしまったのだろうか。 自分で拒んだくせに心細くなり、恐る恐る名を呼ぶ。


「話は聞いた」
「え、」
「不幸になる?だからどうした」
「どうしたって・・・」


 そんな、簡単に言えることじゃないでしょ。傍にいるだけで不幸な目に遭うなんて、 不気味じゃない?


「・・・この俺が、簡単に死ぬようなタマに見えんのかよ」
「・・・・・・」


 ここ開けろ、と諭すような声で、ザンザスは言った。会うのは怖い。だけれど、 あたしはゆっくりとその扉を開け、扉の前に佇む大きな男を見上げる。やばい、涙が出そうだ。 「ザン、・・・っ!」あたしの顔を見たザンザスは、部屋の中に押し入り、顔を近づける。 乱暴ともいえる行為で、あたしの唇はいとも簡単に奪われた。荒々しくて、息が、止まってしまうような。 いっそ、このまま死んでしまえたら。唇を合わせたまま壁際に追い詰められて、頭が壁に擦れて 痛い。手で突っ張ろうにも両手はザンザスにとらわれたまま。


「これ・・・」


 ようやくキスから解放されると、右手の薬指には違和感があった。恐る恐る見下ろすと、 あたしの右手の薬指には、一つの指輪が収まっている。驚いてザンザスを見上げる。


「お前の体質用に作ってたやつだとよ」
「え、うそ」
「まだ試作品らしいが・・・」


 ぽろり。先程まで、本当にぎりぎり守っていた涙線が、崩壊した。滝の様にぼろぼろと 流れ落ちる涙を、ザンザスの唇が拾う。


「幸せ?不幸せ?そんなの、俺といるだけで幸せだろうが。違うのか?」
「・・・・・・・ん、違、わない」
「お前の体質なんて関係ねえ。幸せなのかは、俺が決める。・・・そうだろ?」


 そう言って、にやりと不敵な笑みを浮かべる。そしてそのままあたしの左手を 取って、薬指の付け根に唇を落とした。なんかそれ、まるで。


「・・・・ザンザスって、俺様だよね」


 思わず照れ隠しでそう告げると、ザンザスは機嫌を損ねるどころか、ますます唇を歪めた。


「そう、俺様だからな。・・・気にいったもんは、絶対逃がさねえんだよ」


 耳元でささやく、低く、艶のある声。あたしの、大好きな声。手を伸ばせば、大好きな人を抱きしめられるという 幸福感。





 金も、名誉も、権力も、何も要らない。ねえ、あたしね。貴方の声が好きよ。顔が好きよ。 身体が好きよ。でも多分、貴方のその性格に救われた。自信満々で、俺様なその性格に、 あたしは一番救われたのよ。ザンザス。

そう言うと、貴方はこういうの。



「当たり前だろ」って。

 あたしの好きな声で、あたしの好きな顔で。きっと、そう言うの。








END
<2010.4.9>






完結です。よかった、十話以内で終わったぜ・・・!
なんか、もうちょっと主人公を「ただの愛人」っぽくしたかったんですが、ザンザスが思いもよらず 主人公を愛しすぎたorzホリックで、ひまわりちゃんは確かに救われたんですよね。 四月一日が「幸せだよ」っていってくれたから。でも、ザンザスって絶対そんなこと言わなそう。 優しい言葉なんて言わないけど、でも、そんな俺様な部分に救われる。そんな話が書きたかった。
あと、ザンザス、九代目、綱吉に不幸が訪れなかったのは、「死ぬ気の炎」がなんか作用してる って設定でした。書けなかったけど。まあそんな感じです。お付き合いくださった方、 ありがとうございました。