どうしてこんな自分が選ばれたのか、分からない。いやそもそも、なぜ自分はこんな場所にいるのだろうか。一面の白亜の壁、研究者たちの白衣。何ものにも染められぬ’白’。だけれど、酷く目に付くその色は、決して好きな色だとは思えなかった。
「やあ、xxxxx」
それは、私の名前なのだろうか。白衣の男が嬉しそうに自分に呼びかけるその言葉に、漠然とそう思った。人の名前だとは思えない。もしかすると、この身体につけられた、ただの記号なのかもしれない。いや、そんなことははっきりいってどうでもよかった。
「君たちはキング・ブラッドレイとなるのだ」
この国、アメストリスのトップである、キング・ブラッドレイ。この国を自由に動かせる、絶対統治者だ。けれども、それはただの表の支配者で、実際にはキング・ブラッドレイすらもただの捨て駒なのだろう。出来損ないの’候補’たちが死んでいくのを見ながら、そう思った。
あの世界で死に絶えた、と気づいたときには、すでに自分の身体はこの世界にあって、それも縮んでしまっていた。精神年齢と外見が釣り合っていない赤ん坊の自分だから分かったこと。この世界の自分が、親に売られたか、もともと天涯孤独だったかして、この大総統候補を育てる施設に集められたのだ。
それが不幸だったのか、幸福だったのか。おそらく、この施設にいずとも、自分は飢餓で息絶えていただろう。それか、真っ当な人生は歩んでいまい。しかし、今の状態が真っ当かと言えば少し躊躇ってしまうのだけれど。
ある日のことだった。その日は妙に研究者たちが浮き足立っていて、傍目に見ても気持ちが悪いと感じていた。同じ候補だった人間が次々と呼ばれ、それから部屋に帰ってこない。何かおかしい。嫌な予感が、不意に脳を過ぎったとき、偶然にも自分の名前が呼ばれた。
しっとりと湿っている拳を握り締めながら、その部屋に辿り着く。扉を開ける前に、すでに鉄のような臭いが鼻を突く。血の臭いだ、と本能で悟った。この吐き気を催しそうになる臭いは、自分が日ごろから訓練の中で嗅いだことがある。そして、時々、研究者の衣服から漂ってくる香り。
ガンガンと、頭の中で警告が鳴り響く。研究者に背を押され、扉を開けてみれば、なぜかベッドが中央に配置されている。
床に無数転がっている薬品ビンに目を惹かれながら、案内されたベッドに寝転べば、紐のようなもので身体を固定される。
「、な、なんですかこれは・・・!」
「・・・大丈夫だ、すぐ終わる」
ぞっと、するような声音。それを発したのは、いつの間にか自分の傍に立っていた金色の髪の男だった。虫けらを見るような、いや、何も考えていないのかもしれないが、虚無の塊のような瞳で、私を見下ろしてくる。見ないでくれ、と本能が男に見下ろされるのを拒否したとき、太い注射針を腕に刺された。
「いっぎ、!」
痛い。痛い痛い痛い。痛い。
まるで、何かが体中を這いずり回っているようだった。私は大きな叫び声ともつかぬ咆哮をあげながら、ひたすらに痛みを耐える。痛い。尋常ではない痛みと、体中を動き回る’何か’に、我慢ずに涙がこぼれた。
「ぅあああああああああああ!!!!」
男が、私を見下ろしている。痛みに叫ぶ様を、ものともせずに、ただ、見つめている。
---------憎い。
無意識に、金色の男に手を伸ばす。憎い。はあはあ、と呼吸音が酷く耳障りだ。とまってくれ、五月蝿いんだ。
-------------憎い。
とてつもない痛みが、私を襲って、もういっそのこと、殺してくれとまで思った。もういやだ。もう、いやだ。
「おお、誕生しましたぞ!!新たなホムンクルスです!!」
「ほう・・・・我が憤怒に耐えたか、女」
不思議そうに、首をかしげた金色の男が、何かを話している。しかし、痛みに浮かされた意識は、ぼんやりと天井を仰ぐだけだった。もう、痛くない。やっと終わったのだ。やっと。永遠とも思える地獄から。
「今日からお前は--------キング・ブラッドレイだ」
ああ、この人に逆らってはいけないのだ。なぜだかは分からないが、自分の中の何かがそれを告げてくる。この人は”父親”で、自分はこの人に従わねばならない。分かっている、分かっている。けれど。
----------殺してやる、と。そう、思った。