一目で高級だと分かる洋紙に、自分のサインを書き込んでいく。自分が「キング・ブラッ ドレイ」となってから、まず始めに勉強したサイン。今となっては筆記体も慣れきってし まったが、ときどきそれでも、自分の名前はこんなたいそうな名前だっただろうかとふと 思い出す。最後の「y」を書き終えると、ペンを置いてゆっくりと深呼吸した。


「大総統、お疲れ様です。これで、内乱も終わりですな」


そう言って、老獪な軍人はにやりと笑う。副官に署名付の書類を渡すと、くるくると巻き 、紐を通した。


自分がサインをしたのは、「大総統令三○六六号」。七年間 続くイシュヴァールの内乱に終止符を打つために発令されたそれは、イシュヴァールの民 や国家錬金術師、アメストリスの軍人をますます地獄に陥れるだろう。大総統令の発令に 盛り上がる軍人たちを横目に、そっと自分の右手に視線を落とした。


---------もう戻れない。戻ることは、許されない。


自分が「キング・ブラッドレイ」となってからの戦いで付けられた銃創、太刀の痕、たこ のできた手。それらは、おおよそ女らしくないものだ。『彼女』も、泣いてくれた。だけ れど構わないのだ。自分はこの道しか許されていなくて、”父親”にも感謝をしている。 だから、私は、修羅の道を歩むよ。


「では・・・・足元の掃除から始めましょう」




*




「へぇ・・・・」


自軍の軍人が連れてきた、頭に白いターバンのようなものを巻いた老人を見遣った。彼 は殲滅されるべきイシュヴァールの民、そのものの容貌をしている。褐色の肌、真紅の 瞳。縋りつくように私を見つめたその老人に、嘲笑を一つくれてやる。


「貴方一人の命で、残り数万のイシュヴァール人を助けろと?そう、仰るのですか?」
「いかにも。私は・・・」
「自惚れないでください」


顎鬚を蓄えた老人の言葉を遮り、ぴしゃりと投げつける。


「貴方一人の命と、残り数万の命とで価値があるとお思いですか」


ばかばかしい。馬鹿馬鹿しい。私は、いつからこのようなことを考えるようになったの だろうか。「命の価値」とか、本気でそう思っているわけではあるまいに。そんな内心の 葛藤を笑顔で覆い隠して、私は頬杖をついた。


「一人の命はその者一人分の価値しかなく、それ以上にもそれ以下にもなりません」
「・・・!」
「替えはきかない、殲滅もやめない」


ああ、そうやって私を睨んで、憎んで、死んでいけば良いよ。


「・・・これ以上つまらないことで時間をとらせないで。連れて行きなさい」


はあ、と大きく溜め息をつけば、イシュヴァールの男たちから罵倒と殺気が投げられる。 それを一瞥して、私は椅子から立ち上がった。・・・イシュヴァラ教の中心人物ともい える人物がこれでいなくなった。あとは、人間兵器による殲滅戦を滞りなく終わらせるだけ 。


「・・・一人の命はその者一人分の価値、か・・・・」


これは思わず出た言葉だが、きっと「キング・ブラッドレイ」にも当てはまるだろう。 私の首にも「私」一人分の価値しかないのだ。


遥か遠くに見える夕日を振り返った。そこに在るその赤の存在だけは、私の存在を知っ ている。「あの世界」の私を知っている。私は、ゆっくりと歩き始めた。

---------決められた、未来に向って。